富山城
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富山城(富山城址公園)へ行って来ました。佐々成政、前田家ゆかりの城ならば行かねば
なるまいという事で行って参りました。もちろん、昭和に建てられた城なのであまり期待して
いませんでしたが、やっぱりちょっと期待ハズレだったかも(笑)。子供の時に親に連れられ
て来た事があるのですが、オッサンになって数十年ぶりに見た城の第一印象は「小さ〜い」の
一言。城内に入っても鉄筋コンクリート壁しか見えない、ただの博物館!でした。そう!、この
建物は城の形をした博物館富山市郷土博物館なのでありました(笑)。
 ちなみに博物館のため館内撮影禁止なので中の写真は撮れませんでした。あしからず。
携帯電話禁止、喫煙禁止、撮影禁止と、私の3種の神器全てダメな所が増えて不便な世の中になったなぁ。(^^;


富山城全景

富山城全景その2

入口

天守閣から美術館、市役所方面を見たところ

立看板(右文参照)
富 山 城
 天文十二年(1543)越中守護代神保(じんぼ)氏が重臣水越
勝重に命じ築城させたといわれる。その神保長職(ながもと)・
上杉謙信等の攻防の拠点となった。天正九年(1581)に入場した
佐々成政が豊臣秀吉に敗れたのち、天正十八年(1590)頃に加
賀藩前田家の持城となる。
 寛永十六年(1639)加賀藩三代藩主前田利常の次男利次は、
十万石を分与され富山城に入城、初代富山藩主となり、以後
二三二年間富山藩主前田家十三代の居城であった。
 廃藩置県後、城の建物は徐々に解体され、堀は埋め立てられ
ていった。残った旧城内には県庁等の公共建物が建ち並んだが、
再三の大火や富山大空襲にて灰燼(かいじん)に帰した。
 現在の富山城は、昭和二十九年(1954)の富山産業大博覧会
に際して、旧鉄(くろがね)御門石垣上に建設されたものであり、
郷土博物館としてその歴史を伝えている。


 平成八年七月 富山市教育委員会




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